【京主】 孤独の距離

ジャンル:東京魔人学園剣風帖 お題:孤独な想い 制限時間:1時間 文字数:1736字 


 真冬の帰り道。
 白い息を吐きながらも傍目からは寒くないのか? と言われそうなくらい薄着な京一が龍麻にくっつきながら歩いている。
 くっついているという表現以外にはない。肩を組んでいるよりはくっついているし、身動きがとれないほどくっついているわけでもない。歩くのに邪魔にならないギリギリのラインでくっついている。

 これは高校時代から変わらない風景で、「京一を甘やかさないほうがいいよ。暑苦しくないの?」と仲間内から言われても「別にジャマじゃない」という龍麻の受容で成り立っている距離だ。
 今では殆どゼロ距離であることもままあるが、それも仲間内では暗黙の周知である。

「ひーちゃんよぉ……」
 大抵の場合、歩いている時に話題を振ってくるのは京一だ。
 京一には「ひーちゃんは歩くことに集中しすぎ」と言われるくらいである。これは歩くことに集中しているわけではなく、無意識に周囲に気を配っているからではあるのだが。

「なんで、俺とひーちゃんは別の人間なんだろうな……」
 何を言い出すんだ? という顔で龍麻は京一を見るが、そういう反応にも慣れている京一は構うことなく続ける。

「例えば兄弟だったら生まれながらに一緒に居るわけじゃねぇか。それでもよかったんじゃねぇかと思うんだよ」

「京一と兄弟? 嫌だよ」
「なんで嫌がるんだよッ!」

「京一が俺と兄弟ってことは、俺と同じ境遇ってことだろ? 嫌だよ」

 龍麻には両親はいない。両親がいない人間などはいないので、正しくは今はいない。龍麻が幼少時分に亡くなった。その後は叔父に引き取られ、特にそれを龍麻が寂しいとか辛いと感じたことはないが、写真の中でしか両親を知らない龍麻は今も両親が健在で「正しい道」を歩んできた京一に羨ましさを感じないといえば嘘になるのだ。

 京一の家に龍麻は何度か訪問したことがあるが、「この家がこの人間を育てたのだな」とわかる「暖かさ」というものがある。それが龍麻自身には「ない」などと思っていないが、親と一緒に歳を取ることができないというのは決定的な差なんじゃないかと思ったりしている。

「え? 俺がひーちゃん家《ち》に生まれるってことか? そう考えんのか。ひーちゃん」
「え?」

「だから、蓬莱寺龍麻でもよかったんじゃねぇのかって」
「ああ……」
 なるほど……という顔を龍麻はするがすぐに
「でもそうすると『黄龍の器』としての『力』はなくして産まれてくるんじゃないのか?」
 と訝しげな顔になる。

「それでなんか困るのかよ?」
「え? 困るだろ。誰が龍脈の力を統べるんだ? 『力』がないと困るじゃないか」

「そんなの「誰か」に任せときゃいいだろ」
 京一はいつでも「龍麻至上主義」なので、もとより世界のことなど考えていない。
 東京事変の際に命を懸けて戦ったことも、「龍麻がいる」からであり「世界を救う」ためではなかった。龍麻に「この世界を救う」という目的があったから、剣聖として「目的を同じく」していただけである。もちろん元からの正義感もあっただろうが、道を外れずにいたのは間違いなく「龍麻がいた」からだろう。

「『誰か』って……そんな無責任な……」
 龍麻はそういう「龍麻至上主義」の京一を理解してやれないし共感もできないのだが、そういう京一だからこそ一緒にいたんだろうなとも思うし、「剣として」隣に置いたのだろうとも思う。

「ひーちゃんはひーちゃんを大事にしなさすぎだぜ」
 京一は出会った時から変わらない、皮肉げに口の端を上げる笑いを浮かべる。

 龍麻はため息を付く。白い息が澄んだ空気に流れる。
「お前は自分勝手すぎだ」

「『そんな京一クンも好き』なんじゃねぇの?」

「自惚れるな。お前が兄弟だったらとっくの昔に見限ってるかもしれん」

「なんだよそれッ!」
「はは。だから兄弟じゃなくてよかったなって話だ」

 龍麻の気持ちを京一は理解しないだろうがそれでもいいと龍麻が思っている限り暖かさを分け合えるのだろう。
 京一の気持ちを龍麻が理解できるのなら初めからこの関係はなかったのだろう。

 一つにならずに一つになるのはそこに孤独があるから。


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