ある日の午後

ジャンル:忍たま乱太郎 お題:緑の犬 制限時間:4時間 文字数:1433字


 学園長先生の飼い犬であり忍犬でもあるヘムヘム。ヘムヘムという名前でなおかつ鳴き声も「ヘムヘム」だ。
 直立二足歩行で歩くことができ、学園内の時報の鐘を頭突きで響かせることのできる石頭を持ち、そしてなぜだか分からないが話していることもわかるのである。

 そんな優秀な犬がどうして人間などに従っているのか不思議でならないが、もしかしたら犬に見えているだけで妖かしの類なのかもしれないとも思う。

 学園長先生の庵の縁側で「犬らしく」伏せの姿勢で昼寝をしているヘムヘムを見かけそんなことを考える。布団を敷いて寝ることもできるというのにだ。

 気持ちいいのかな? そう思いながら昼寝をしているヘムヘムへ近づく。
 俺にもヘムヘムのような忍犬を従えられればいいのだろうが、選ぶのは忍犬側である。
 昼寝をしているヘムヘムの横に座り頭を撫でてみる。
 いつも頭巾をかぶっているが、この頭巾も自分で締めているのである。既に人間なのではないかと思う。

「ヘム?」
 『どうした若人よ』と言っている。
 確かにヘムヘムはあの学園長先生に仕えているのだから相当な歳だろう。おおよそ犬が生きている年齢ではないはずだがそれはヘムヘムには通用しない概念なのだろう。

「気持ちいい天気だなぁ……」
 ヘムヘムの気持ちいい毛触りを感じながら茂る草木から漏れる日差しを見上げる。

「ヘムヘム~ヘム」
 『この庵は学園内で一番いい風の通り道に建てられているそうだ』と言っている。

 上級生には暗黙の了解だが、ヘムヘムは学園の生き字引、人には話せない相談事や悩みなどをどの先生方よりも忍としての経験の長い彼に相談したりすることがある。実はどの先生方よりも生徒のことを理解しているのではないかとの話もある。

「ヘムヘム……。抱っこしていい?」
 犬を見ると抱っこしたくてたまらなくなる。特に小型犬は。

「ヘム~」
 了承が得られたので、抱き上げて胸元へと抱き上げる。ヘムヘムの顔が眼下にある。
 こうしてみると立派な犬で、かわいさ満点であり、可愛がりたいという欲求が胸の奥底から沸き上がってくる。
 可愛すぎるので、頭から背中へと何度も撫でる。

 生き物を可愛がっていると、将来に対する不安とか、自分の弱さであるとかそういう自分の負の面を瞬間忘れ去る。
 この毛並みや、あるがままに生きている様がそう感じさせるのだろうか。

 生き物の生き死には何度となく立ち会ってきた。別れに慣れることなどないが、「関わったら最後まで」―――喜びと悲しみは一体のものだ。

「ヘムヘムヘム……」
 『この時期の若人の悩みはわかっているよ。しかしそれは噛み締めながら時間が解決してくれる』
 ヘムヘムが俺の顔を舐めながら、何も言わずともすべてを見透かすように言葉をかけてくれる。

「あー! ヘムヘムみたいな忍犬が欲しいよ」
 ヘムヘムの頭に額をすり寄せながらため息をつく。

「ヘムヘム……ヘムヘムヘム」
 『大川平次渦正とは長い時間をかけて築いた絆がある。しかし、八左ヱ門には渦正に通ずるものはある精進せよ』

「ヘムヘムにそう言ってもらうと心強いよ……。あー……でもヘムヘムが欲しいっ!」

「ヘム」
 『それはムリだ。修行が足らん」

「そうだな。ではせめてもう少し撫でさせてくれ」
「ヘム」



 ある日の、竹谷八左ヱ門の午後。彼の時間はこの直後、迷子生物捜索で消え去るのである。


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