【白出茂】夕凪

ジャンル:忍たま乱太郎 お題:右の経歴 制限時間:2時間 文字数:1659字


 あの兵庫水軍身隠しの盾の役を巡っての適性試験以降、ぼーっとする時間が今までにもまして増えた気がする。
 忍術学園の事務員にもなれず、海賊にでもなろうと思ったがそれすらも叶わなかった。

 何かがしたいわけでもない、できれば汚れ仕事はしたくない。その力はあるが、無益な殺生には関わりたくもない。楽な仕事をして、趣味である茶でも立てて、穏やかに時間を過ごしたい。

 「楽な仕事」という部分を除けば、私の実力ならなんでもできるだろう。
 それこそ商いでも農夫でも職人でも。

 それなりに修行を積めば何でも習得できた。
 それなのに何に対しても不器用で欠点だらけのあの白南風丸の顔が頭から離れない。

 こうしていつの間にか気づくと海へと来てしまう。
 瀬戸内の凪は落ち着く。
 この広い広い海の向こうにはまだ見たこともない世界が広がっているのだろう。

 波の音を聞きながら砂浜に仰向けになり高い高い空を仰ぐ。
 こんな時間がずっと続くといい。

 どれくらいの時間が経っていたのだろうか。
「出茂鹿さん?」
 聞き覚えのある声が頭上から聞こえて、ハッと目を覚ました。

「やっぱり出茂鹿さんだ!」
 私の頭から離れないあの顔。白南風丸の顔がそこにはあった。
「出茂・鹿之介だ……。なぜ君がここにいるんだ? ここは水軍の根城とは違うはずだろ?」
 半身を起こし後ろに手を付きながら白南風丸を見る。

「え? はい。さっきまで海にいたんですけど、兄貴達が鹿之介さんがこの浜にいるのを船から見つけて……」
「なんだ? また何かしでかさないか見てこいとでも言われたのか?」
 それは顔に出ているであろう自分でもわかる皮肉と嫌味な口調で目線を外し海へと移す。

「いえ、違います。逆です逆。心配だから見てこいって。そんなこと言われなくても来ましたけど」
 そんな嫌味には関せずと白南風丸はあの屈託のない笑顔を浮かべる。呑気なやつだ。
「何か用でもあるのか?」
「あの……身隠しの盾の役の適性試験以降、お会いしていないし、何をしているのかなって……」

「好奇心は猫をも殺す」
「なんですか、それ?」
 白南風丸は私の隣に座り、私と同じ方向を向いている。

「……忍のものには好奇心は仇となる。他人のことをあまり詮索するとひどい目にあうということだ」
「え? 鹿之介さんと俺って他人なんですか?」
 驚いた顔をして白南風丸はこちらに向き直ってきた。にじり寄る勢いだ。

「はぁ? 他人じゃないとでも言うのか? 一時期競合相手だったというだけだぞ」
「名前を知っている人は他人じゃないです」

「……」
「しかも鹿之介さんは俺の恩人です」

「恩人だと?」
「はい。鹿之介さんが競合相手じゃなかったらあれだけの皆さんが俺に肩入れしてくれなかったでしょう?」
 ……こいつは自分の言っていることがわかっているのかいないのか。
「くっ……つまり「嫌味で高慢ちきな出茂鹿が相手だからみんなが味方してくれた」と?」

「そういう風な役回りを演じてくれたんでしょう?」
「何を言うかと思えば……本当に君はおめでたいな。なぜ私が自分に一銭の得にもならないそんなことをしないといけなんだ」
「違うんですか?」
「違う」
「でも結果的には同じことですよ」
 二の句を継げない笑顔でそう言われるとなんと返していいのかわからなくなる。

「だから鹿之介さんに会ってお礼を言いたかったんです」
 この顔だ。この顔が頭から離れない。
「はっ……君は本当に……」
 顔を見ていられなくて片膝を立て右腕を乗せた上に顔を埋める。こんな顔をこいつに見られたくない。

「俺は海にいます。兄貴達も……それにお頭も。海にいる男は全部水に流すんです。いいことも悪いことも悲しいことも」

 瀬戸内は特に凪が長く続く。波音だけが耳に残る。

「だから、いつでも海に来てください。いつでも待ってます」

 波音とその声が何を水に流すのか。ただ広がる海はどこまでも広い。


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