小松田屋にて 【白出茂前提 優出茂】

ジャンル:忍たま乱太郎 お題:東京人 制限時間:1時間 文字数:1652字


 京にある扇子屋「小松田屋」に手伝いに行くようになった切欠はもちろんへっぽこ事務員の小松田秀作のお陰だが、それは一度きりでよかった筈で、それ以降も度々手伝いに行くようになったのは出茂鹿之介の意思である。

 この「小松田屋」の主人であり、小松田秀作の兄である小松田優作という男はへっぽこな弟と違い立派に店を切り盛りしておりドジを踏んだりもしない。マイペースなところは弟に勝るとも劣らないとは思うが、それすら鹿之介には心地よさすら感じていた。

「出茂くん。今日もありがとう。助かったよ」
 優作が小松田屋の暖簾を仕舞いながら商品である扇子の整理を終えた鹿之介に声をかける。

「いえ、これくらいお安いご用です」
 顔は小松田秀作にそっくりなのに、自分より年上で落ち着いていてしかもイライラしないという優作にはじめこそ違和感を感じていた鹿之介であったが、何度か顔を会わすうちに親しみすら感じていた。

「それくらいでいいからお茶でもしよう」
「はい」
 普段小松田秀作に取っている態度とはまったく違う、借りてきた猫のような鹿之介を普段の彼を知っている人間が見るとどう思うだろうか。

「今日は本当に人が出払っていて出茂くんが来てくれて助かったよ」
 店の奥にある客間で優作が手ずから煎れた茶を鹿之介に差し出しながら笑顔で言う。
「いえ……これも仕事ですから……」
 出された茶を口元で冷ましながら一口し、こちらもいつもとは違う嫌味な笑顔ではなく歳相応の笑顔で返事をする。

「出茂くん……」
「はい」
 何やら改まったような音声の優作に一瞬ドキリとする鹿之介であったが、目の前にあるのは相変わらず笑顔の優作である。

「……密偵を使って出茂君のことを調べたら、君は白南風丸君という海賊ともよろしくやっているらしいね。そして秀作と私も天秤に掛けてる」
 何を言われているのか鹿之介はわからなかった。
「え……?」
 二の句が継げないとはこのことであろう。

「僕は白南風丸君に会ったことはないからわからないけど、君が気にかけるんだから何かしらの魅力があるんだろう?」
「いえ……あの……」

 優作の口からこんな言葉が出てくるとは予想だにしていなかった鹿之介は、普段から優秀を自認しているにも関わらず口ごもるばかりである。
「それでも、小松田屋《うち》にも来てくれるということは、まだ出茂くんにも迷いがあるということだろう。別にそれでいいんだけれど、僕としては小松田屋《うち》にいてくれると助かるんだけれどもね」

「あの、別に、彼と優作さんを比べてるとか、天秤にかけているとかそういうことではなく……」
 もう既に鹿之介は普段の皮肉な笑顔ではなく、相変わらず笑顔のままの優作を前にして顔面蒼白である。

「そんな顔をしないでおくれ。何も責めるためにこんなことを言うつもりではなかったんだ。ただ、僕は知っていることを君に隠したままでここに来てもらうのも悪いだろうと考えただけなんだ」

 京の人間―――殊に商売人は偈に恐ろしい、それを目の当たりにした鹿之介であったが、本当にそんなつもりのない優作の声に顔を上げることができ、顔色も段々と戻ってきた。
「はい」


 碌な返事もできぬままいつの間にか小松田屋《みせ》を後にし、夜風に吹かれながら自分のねぐらへと歩いて行く鹿之介であったがその足取りは忍のそれではなく、酒にでも酔っているような足取りであった。それ程、優作に知られていたことが衝撃だったのだ。

「悪かったね。突然こんな話をして。でも覚えておいて欲しい。これからは忍者でも海賊の時代でもないよ。それに商売人はずっと続けていける。どうだい? うちに来る気はないかい?」
 優作に掛けられた言葉に内心とても動揺している鹿之介であったが、こんなことはなんでもないという風に明日からは振る舞えなければ忍失格である。

 「私は天秤にかけているのか?」
 それすらもわからなくなっている鹿之介であった。


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