海の向こうの陸よりも 【白出茂】

ジャンル:忍たま乱太郎 お題:ロシア式の罪人 制限時間:1時間 文字数:1184字


 広い広いこの海の向こうには何があるのだろうか。

「この海の向こうに何があるか知っているか?」

 京の都は知っている、琵琶湖も知っているが、まだその先に話でしか聞いたことのない鎌倉があるらしい。この地続きですらまだ知らないところがあるのだ。歩いてはいけない海の向こうを知っているのは船人だけだ。

「え? ……知りません。でもここと同じように陸があって、星が見えて、お天道様も見えるんでしょう?」
 白南風丸は笑顔で答える。そこに疑問などないようだ。

「白南風丸。君は海の向こうに行ったことはないのか?」
「水軍は瀬戸内を拠点にしてますし、遠海に出るのは俺の役目ではないですし……」
 目下の仕事に精一杯取り組んでいる白南風丸には海の向こうのことより水軍のことが大事なのだろう。

「そうか……」
「海の向こうに行ってみたいですか?」
 私は「楽で危険のない仕事をしたい」と思っているわけで、それが海の向こうにあるのであれば行ってみたいと思わなくはない。

「いや。そこまでの冒険心はない。それよりも楽な仕事を探すのが先だ」
「楽な仕事……」
 投網の修繕をしながら話をしていた白南風丸がこちらに目線を向ける。
「なんだ?」
「楽な仕事……かどうかはわかりませんけど、俺の奥さんになるっていうのはだめですか?」

 は? 突然何を言い出すんだこいつは。奥さんだと? この何事も卒なくこなし、性格以外に非の付け所のない私に「奥さん」だと?

 心の声を顕すかのように眉に皺を寄せ白南風丸を睨みつける。
「あの、いや! あの、出茂鹿さんが嫌ならいいんです」
「何を言い出すかと思えば君は……」
 やれやれ、いつもいつも寝ぼけたようなことを言うと呆れようとしたが、更に追い打ちをかける一言をこの男は発する。

「待ちますから」

「はぁ? 何だそれは。待てば私が君の奥さんになるかのような言い方じゃないか!」
「すみません! でも、出茂鹿さんがいきなり「海の向こうの話」なんてしだすから……その、焦ってしまって……」

「そもそも君は私に楽をさせるほどの甲斐性があるのか?」
 段々と論点がずれてきているような気がするが、白南風丸の思いのほか真剣な顔に顔が赤くなっている気がする。
「いえ! 今はないですけど、必ず! という……つもりでは、います……」
 徐々に尻すぼみになる白南風丸の声色に力が抜ける。

「はっ……。そんな時が来るなら、その時には私は既に海賊になっているかもしれんな」
「え! 嬉しいです!」
 精一杯の嫌味のつもりだったのだが、白南風丸に嫌味は通じない。満面の笑顔になり、キラキラとした瞳を向けてくる。

 海の向こうの見知らぬ陸《おか》よりもまだまだこの海の方が広いと感じさせるくらいにはこの男は計り知れない。心のなかで溜息を付いた。


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