2017/12/17
【白出茂】溜息の行方
ジャンル:忍たま乱太郎 お題:箱の中のコンサルタント 制限時間:2時間 文字数:1703字
私の中にも夢はたくさんあったはずである。今でももちろんないわけではない。
しかし日々流れる時間がそれを押し流す。夢を思い描くのは感傷に浸りたい一瞬だけだ。
「鹿之介さん、どうしたんですか? 疲れてます?」
「どうしてそう思う」
白南風丸の肩口に背中を向け頭を乗せていると相当に気が緩んだのかもしれない。落ちてくる低めの落ち着いた声もそれを増幅する。
「ため息が三回目です」
私の後ろで獲物の修補を黙々とこなしていると思っていたが、溜息の回数は数えているのか。
「どうだろうな……疲れているのかもしれん」
「仕事、大変なんですか?」
「楽な仕事ではないからな」
だから未だに楽な仕事を求めて奔走しているが、それ自体も楽ではないから結局そういうことなのだろう。
「そうですね……」
白南風丸はそう言うと手を止めて身体の向きを変えた。そうすると当然私の頭は肩口からずり落ち白南風丸の太腿で止まることになる。
「なんだ?」
もちろん腹筋を使い体勢を維持することもできたが、白南風丸と私はもうそんな緊張感のある関係ではないので、落ちてくる目線に「動くなら動くと言え」という多少の不満を乗せた顔を返す。
「俺、今日、仕事で一度もヘマをしなかったんですよ」
「まぁ仕事でヘマをしないのは当たり前のことだがな」
そんな私の軽口などそもそも気にしない白南風丸ではあるが、最近は特にそれすら好意的に受け止めるのでますます遠慮のない物言いになってしまう。
「そうなんですけど、それでも俺、自分の仕事に満足できるようになってきてるって感じるんです」
「よかったじゃないか」
水軍の仕事とて全てが全て後ろ暗くないわけではない。それでも私の仕事に比べれば随分とお天道さまに照らされている仕事だろう。そして自己評価が決して高くはない白南風丸がそういうのだ。
もうこういう関係になってしまっては認めざるをえないが白南風丸の笑顔は人を素直にさせる力がある。
「鹿之介さんはどうですか?」
この仕事は仕事自体に満足を感じるものだろうか。達成感という意味では他の仕事にはない醍醐味があるだろう。しかし結局は権力の手先であり使い走りだ。もちろんそれでいいのだろうし、手先がなければ体《権力》は動けない。歯車になれる人間は優秀な証だ。歪な歯車ではそもそも仕事にならない。
しかし、白南風丸のように満面の笑みを浮かべるような仕事ではない。時には人を陥れ、時には人を殺めることもある。別にそれを後悔することもないがそれは常に危険と隣り合わせだ。それに快感を覚える者もいるだろうが私はそうではない。
「自分の満足のためにこの仕事をしているわけじゃないからわからん」
そう答える。
「鹿之介さんの仕事って秘密が多いから俺にはよくわかりませんけど、そう思えるのって相当な満足じゃないかと思うんですけど」
「……そうかもしれんな」
そしてこの男は核心を突くのだ。こいつが周りに好かれるのもわからないでもない。
「でも疲れてるんだったら寝てください。寝ると疲れが取れます。俺、腕枕しましょうか?」
そして最近は調子に乗っている。いや実際はそんなことはないのだろう。初めからそうなのだろう。しかしこんなことを言われて私が内心平気でいられると思っているのだろうか。こいつの中の私はどんな想像をされているのだ。
「白南風丸。お前はそれをわかって言ってるのか?」
「え? 何がですか?」
「何がですか? じゃないな。そういう台詞を誘い文句以外で使うなと何度か言った記憶があるが?」
「あ、そうでしたっけ? あ、でも、そういうことならそういうことでもいいですよ!」
「……わかった。そうさせてもらおう」
溜息をつくような夜があっても、それが一息になること、疲れを取る清涼にすらなるということがある。本人にそんなつもりは毛頭ないだろうが白南風丸は助言者だ。
感傷を押し流すほどの力で熱を与えてくれる。だから以前ほどは夢を思い描くこともなくなった。だから、少しつづ取り出していくのだ。