朝の波風【白出茂】

ジャンル:忍たま乱太郎 お題:死にぞこないの酒 制限時間:1時間 文字数:1515字


 波音で目が覚める。朝だとわかる波音が体に染み付いている。
 隣に温もりに気付いて顔を向けると出茂鹿さんがくっつくようにして眠っていた。

 昨夜は出茂鹿さんを勢い余って誘って、飯を食べて、酒を飲んで……そして何かいい雰囲気にはなって……そして……。
 朧気ながらに思い出して顔から火が出るようにカッとなった。
 俺の上に乗っかり俺の顔をまじまじと見つめる出茂鹿さんに、初めて仰向けから見た出茂鹿さんにこういう顔もするのか……と思いながら意識が途切れたのを思い出した。

 出茂鹿さんのことだからもしかしたら朝にはさっさと帰っていないかもしれないと思っていたのに、隣で寝てくれたのかと思うと顔も綻ぶ。
 あゝ、俺がもっと酒に強ければ勢いのままもしかしたらもしかしたかもしれないのに……とヘタレな自分を叱咤もする。

 でも隣で寝息を立てている出茂鹿さんを見ているとこれでよかったのかもしれないと思う。
 出茂鹿さんって何か手馴れてる感じだったし、もしかしたら他にいい人がいるのかもしれないし……勢いで交りになって、「君はそっちもヘタレなのか」とか言われたら立ち直れないかもしれない。
 まったく色の経験がないわけじゃないけど、俺の経験って兄貴達にお膳立てされて、そして姉《あね》さん方に先導してもらったような形だし、多分出茂鹿さんのような―――勝手に思っているだけだけど―――手練には物足りないかもしれない。

 そんなことを考えだすと、酒に負けてよかったのだと思えてくるし、もっと経験を積んだほうがいいのかなとも思えてくる。

 でも、それでも隣で寝息を立てる出茂鹿さんを見ていると、こみ上げてくる思いがあり、これが好きっていうことだよね? これが、戀ってことだよね? と思う。
 俺には出茂鹿さんが手紙に書いてくるような難しいことはわからないけれど、出茂鹿さんととりあえず友達にはなれて、そしてこうやって話したり、飯を食べたり、一緒に寝たりできることに今まで感じたことのない気持ちを感じているし、こういう気持ちこそ大事にしたいと思う。

 出茂鹿さんがどう考えているのかはわからないけれど……でも、少なくとも嫌われてはいないのだろうと思う。嫌いな人間に付き合うほど優しい人ではないと思うし、そんな時間の無駄遣いをするような人でもない。
 だから、もっと知りたいと思う。
 この気持ちが何なのかも、出茂鹿さんが何を思っているのかも。

「出茂鹿さん……好き……」
 そういう気持ちが積もって思わず呟いていた。

「そうか……。私も嫌いじゃない」
 呟いてすぐに至近距離からの出茂鹿さんの声。

「え? もしかして起きてたんですか?」
 そう言うと出茂鹿さんは目を開けてはっきりと俺と目を合わせ、そして、あの自信満々の目を向けてくる。

「隣にいる人間の気配で目覚めないとか忍として致命的だろ……。じっと見つめて何をしてくるかと思え……いや、なんでもない」
 最後は口ごもっていて何を言っているのか聞き取れなかったが、俺がずっと見つめているのは気付いていたようだ。

「あの、すみません。昨日は、あの……寝てしまって……」

「体は大丈夫なのか? 二日酔いとか?」
「はい。気分はすっきりしてます」
「それならいい」

 しばらくそのまま見つめ合っていた。波の音が段々と大きくなってくる。潮の流れが変わる。もうすぐ仕事の時間だ。

 どちらからともなく顔を近づけ、口と口の距離がなくなる。

 言葉はなく。熱と熱だけが伝わる。

「あの……また来てくれますよね?」
「気が向いたらな」

 その言葉だけで充分だった。


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