鏡の迷路

お題:赤いダンジョン 制限時間:30分 文字数:1039字


「夢を見た」

 分厚いカーテンで朝日が差し込むことはないが、その僅かな隙間から陽光が差し込むベッドルームで目を覚ます。仰向けのまま隣で眠っている男に聞こえるようにつぶやいた。

「そりゃ夢くらい見るだろう?」

 隣で眠っていた男はそんなつぶやきに応えを返す。起きていたのか、まさしくその言葉で目が覚めたのかはわからないがはっきりとした声だ。

「夢って目覚めるとすぐ忘れるよな……」
「ん? ああ、そうだな」
 寝起きの返事。やはり先程のつぶやきで目が覚めたようだ。

「でも繰り返し同じような夢を見てると、『あ、この夢、この前も見た』とか思うことあるよな」
「ん? ある……かな……ぁ」
 こちらが仰向けから寝起き眼の男の方へと体を傾けると、一応あちらもこちらへと体を傾けてくれる。しかしその目は空ろでまだ眠たいのがわかる。

「俺はダンジョンに迷い込む夢をよく見るんだ。でも特に敵が襲ってくるとかそういうこともなく、淡々とただひたすら『ポートピア連続殺人事件』に出てくるような無機質な3Dのダンジョンで、いつもそこから出ることなく目が覚める」

「…………」
 眠そうな目をした男はもう一度寝入りそうな雰囲気でこちらを見つめている。

「聞いてる?」
「………聞いてる」
 返事は弱いが聞いてはいるようだ。

「今日もダンジョンでひたすら歩き続ける夢だったんだけど、いつもと違って全面が鏡張りのダンジョンで、そうだな……『SDスナッチャー』に出てきた遊園地のダンジョンみたいな……」
 既に返事はないがつぶやき続ける。

「迷路なら話は早い。左右どちらかに手をついてずっと歩いて行けばいつかはゴールに辿り着ける。でもダンジョンはいつの間にか気づかないうちに別の場所に移動していたり、通り過ぎたり……思うようにいかない」
 こちらを見つめてくる男の顔を見ながら更に続ける。

「だから今日は夢なんだからそのガラスを割ろうと思って頑張ったんだが、夢というのは都合がいい。割れないんだ」
「で……?」
 興味を持ってくれたのか返事が帰ってくる。

「そこからが思い出せない……。ガンガンと叩いているうちに目が覚めた」

 

 

 

 だんだんと意識がハッキリと、目覚めもしっかりしてきた。

 

「俺、一人暮らしなのに誰と話してるんだろうな……」
 ベッドわきの鏡にうつる眠そうな男に声をかけた。

「鏡は割るためにあるんじゃないだろう?」
 そう声が聞こえた気がした。


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