昼下がりの選択

お題:紅茶とお茶 制限時間:1時間 文字数:1101字


 


 「鬼も十八番茶も出花」

 醜い鬼でも年頃の十八になればそれなりに美しくみえ、粗末なお茶でも一番茶であれば香りも高くおいしいということだが、もちろんこれは人間全般を指す言葉であって女性の容姿を言っている諺ではなく、十八の頃になれば性的な魅力も開花し美しくなるということであろう。その裏には人によく見られたい、よく見せたいという気持ちが大きくなり、化粧をしたりおしゃれをしたりなどということも入ってくるのだと思う。今では女性の話として定着していることも元を辿ればそうではないことは多い。美しいという言葉も男女別なくの言葉である。

 十八の頃というと、人の世の習いを理解するようになり、人には人の生き方があり、人には人の来し方があると悩み、嫉み、比較し、劣等感に苛まれ、それでいて自我が尊大で理由のない自信を持ち、希望をいだいたりしているものである。

 そして今はそんなこととは関係なく、目の前にある緑茶と紅茶の入れ物を前に、どちらを淹れるべきか思案していた。

「どっちがいいと思う?」
 と訊いたところで「好きな方にすれば?」という返事が帰ってくるのはわかりきっている。

 こういうとき、「こっち」と決断してくれる人でもいれば便利なときもあるだろうが、どんなこともよし悪しで、些細な事でも決断しないと気がすまない人の側に居れば、イライラが募るかもしれない。何事も選択の上に成り立っている。そしてその選択には選択の余地がない場合が多い。


 緑茶も紅茶も同じ茶葉なのに発酵の度合いの違いでまったく味わいが変わる。茶葉の中に含まれる酵素を発酵させないものが緑茶、完全に発酵させたものが紅茶である。

 もちろんどちらもおいしい。緑茶は柔らかい匂いとともに葉の味を感じる事のできる渋み、紅茶は芳醇な香りとともに酸化を感じる苦味と深みのある味。甲乙付けがたい。

 考えあぐねていると電子ケトルのお湯が沸いたことを示す音楽が流れる。

 身の回りの家電製品には音楽が流れるものが多くあるが、今や電子機器が家の中に溢れ返りその中でも音のなる機器も少なくないなかで、半ば競争のように音楽が流れるのである。シンプルにビープ音でいいのではないかと思うのだが、そのような方針を貫いているメーカーは少ない。


 そうして電子ケトルの湯が覚めないうちに決断しなければ……と考えあぐねた結果、俺はコーヒーカップへと手を伸ばし、スティックタイプのインスタントコーヒーの包装へと手をかけた。

 結局、緑茶も紅茶も落選したわけである。

 人生にもよくある、第三の選択ということか……と思う昼下がりである。


関連エントリー
コメント投稿
投稿フォーム