2012/12/17
平和なにおい
匂いというのは慣れてしまうのだそうだ。
臭い臭いでも同じ匂いの中にずっといると臭くなくなる。
匂いに関する受動態が疲労するからだそうだ。
匂いとは化学物質だ。
何か匂うというということは、そこに何かがあるということだ。
他人の家に行くと、その家独特の匂いがあるのがわかるし、いつもと違う環境に身を置くと、そこには独特の匂いがある。
相性のいい匂いというのもあるだろう。
相性のいい匂いはいい匂いだと認識されるので、もっと嗅ぎたくなるだろう。
本能的に嗅ぎ分けているのだろうか、好きな人の匂いはいい匂いなのだろうか。
「何やってんの?」
背から抱きついて首筋の匂いを嗅ぐ。臭いということもなく、デオドラントのようないい匂いというわけでもない。
自然な匂い。
「匂いを嗅いでる」
「やめろよ……。なんかくすぐったい……」
俺を取り剥がそうと身体を揺すってくるがそれくらいでは離れてやらない。
「もう少し嗅がせて」
そう言いながら力を少し入れると身体から力が抜けていくのがわかる。
「………」
なにも応えがない。
「怒ったのか?」
「いや、諦めただけ」
それはいいことなのやら、悪いことなのやら。
何の化学物質が嗅覚を刺激するのか。天然のデオドラント。何ものも刺激をしない匂い。
「平和だな……」
「……何、それ?」
「ただそう思っただけ」
「ふうん……」
疲れない匂い。いい匂いでも、イヤな匂いでもない。平和なにおい。