声をつなぐ小さな箱

お題:灰色の電話 必須要素:5000字以上 制限時間:30分 文字数:1183字


 次の列車待ち。駅のホームでぼーっとしていると、置台にようなものが目についた。

「灰色の電話って見なくなったな……」
 ぼそっと呟くと、隣に同じように座っていた耕助が反応する。
「何が?」

「ん? あれ」
 置台を指さす。
「何かの置台?」

「多分元々公衆電話の置台だったんだと思う」
「そうかー……、ちょっと前までは公衆電話見かけたもんな」

「で? 灰色の電話って何?」
「ああ。だから公衆電話の中で、ISDN を使った公衆電話って灰色だっただろ」
「ん??」
 耕助は「そうだっけ?」というような表情《かお》をした。

 そうかもしれない。最盛期の三分の一まで減ってしまっているんだ。しかも今は携帯端末が主流で各家ですら、固定電話がない場合も少なくなくなってきているのだ。

「そうだなぁ、耕助はちょっと年代がずれるのか……。デジタル公衆電話って言ってモデムコネクタと赤外線ポートが付いていて、携帯端末と通信できたりしたんだけど」
「モデムコネクタ? 赤外線?」
 なんですか、それ? という顔だ。

「今ならこのスマートフォンだけでネットをしているだろう」
 手元にある、スマートフォンを持ち上げながら、
「でもほんの十年ほど前は、形はスマートフォンよりごついけど、携帯端末にインターネット機能なんてなかったから、電話線をつなぐか、赤外線……は知ってるよな?」
「パカパカケータイに付いてたやつですよね?」

「そうそう。それで通信してたんだ」
「今なら、これで完結するのに」
 耕助もスマートフォンを手に持って触りだした。

「その当時はそれで感動したものなんだけどな……」
「へー……。ところ変われば、ですね」

「いや、それを言うなら、「時が経てば」だろ」
「そうでした」

「でも、公衆電話ってコストはかかるけど、非常時には大事だと思うんだけどね……」
「非常時ですか?」

「大規模停電とかが起きた時、スマートフォンではカバーできない通話をフォローしたりできるからな」
「でも普段は使いませんもんね」

「まぁな。普段使わないもののコストは誰が負担するんだって言ったら、電話会社だけど、結局利用者だからな」
「それってなんでもそうですよね」

「言ってしまえばなんでもそうだ。代替手段を持たないインフラはインフラとしては完成してないといっていいかもしれない」
「でも普段はスマートフォンの方が便利ですもんね」

「そうそう。結局そこなんだけどね。なかなか難しいよ」
 とりとめのない話は、ホームへ侵入する車両の音でかき消され、目的地へと向かって立ち上がる。

 灰色の電話、赤い電話、緑の電話。いずれも記憶に薄くなるが、薄くなったからといって必要じゃなくなるのはまだまだ先だ。どんなものでも。
 普段意識しない空気のような声をつなぐ小さな箱。


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