潔白な眠り

お題:潔白な眠り 必須要素:文学 制限時間:15分 文字数:592字


 そうだな―――。彼の話をしよう。
 夜になると眠れない、と嘆く彼の話を。

 

 真っ暗な中、身を横たえていると、漆黒の中に点々と輝く星が目の前に広がり、さらにその中に、引き込まれるような(漆黒なのにもかかわらず)暗雲が立ち込めて、それはやがて己を包み込み、何処かへと連れ去ろうとする。
 目を瞑ると、その暗黒はさらに膨れ上がり、身を焦がし―――そして、何処にいるのかわからなくなる。
 ―――そんな、嘆きだ。

 そして、嘆き疲れた頃に朝が来て、また痛む目を擦りながら、出かけているのだ―――という。

 

 果たして彼は眠れているのだろうか。
 眠れていないのだろうか。

 それは誰にもわからないことなのである。
 眠りとは、誰にもわからぬ潔白な、誰にも侵されざる領域なのだ。


 彼は言う。
「もし、一度でもまったく何ものも見ることなく、星を見ることも、暗黒を見ることもなく、嘆くこともなく、哀しむこともなく、―――そして、うれしいこともしあわせなこともなく、眠ることができたなら、それが潔白な眠りなのではないか」と。


 恐ろしいことに、そんな日は一度もなく、そしてこれからも来ないのではないか―――。そんな恐怖が―――彼にとっては、だが―――支配して、眠ることを拒んでいるのではないか。そうならば、そのような日は永遠に来ないであろう。


 彼が朽ちる、その日まで。


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